暗い夜の帳の中へ

夜の中

なんとなく、眠れない夜に、イヤホンを耳に突っ込んでヘルメットをかぶって出かける。いつだってエンジンは一発でかかる。
湖のある方へ。そしてその畔の東側を南へ走る。別に石油の値段が上がって行く事なんてどうだっていい。カーセックスをする場所を探している水辺の恋人達よりどうでもいい。ところでオゾンホールは60年を待たずしてふさがるらしい。その頃にはきっとそこどこかのまちは海に沈んでる。こんなに風の吹かないところに1500キロワットのタービンを建てる意味が分からない。白いガラス張りの建物がある。いまどき、あんなに立派な建物をつくれるのは、公共事業でもなく、宗教法人くらいのものなのだろうか。昔の僕がバイトをしていいたところの道を過ぎる。懐かしい春の始まりの思い出。
不意に頭の中を流れ出した歌は、他でもない自分の歌で、高校の頃からやっていたバンドからベースが抜けて、新しいベースが入った頃の歌だったと思う。別にちゃんとした音源があるわけでもない。僕がこの歌を忘れた時、多分、この歌は誰も知らない歌になる。
あのバンドは火星の蜘蛛みたいになりたかったんだろうか。僕はジギーみたいになりたかったのだろうか。もっとも、その頃の僕はデヴィッドボウイよりもジョニーサンダースの方が好きだったけれど。いずれにしてもあの頃の僕は多分帰らないだろう。人は前にしか進めないから。たとえ、それが後ろ歩きであったとしても。
どうでもいいんだけど、400のアメリカンにあおられる位ならフェアレディになんか乗らなくてもいいだろうと、前の車を見ながら僕は思う。夜の風は少しぬるくなってきて、夏の訪れを予感させるのだけれど、スピードの中ではその風は僕を冷やす。
ベンジーの歌声が夜に似合うのは何故だろう。下弦の月が空に浮かんでた。オレンジ色をしていた。モナリザの肌みたいな色だと思った。奇麗な形の山は照らされているけれど、あれは月明かりではなく、アミューズメントの光。それでも奇麗だと僕は思う。
やっぱり、このまちの事、嫌いじゃないんだなんて思いながら、終わらない夜を終わりに向けるぼくがいる。