スクリーンに見た虚像

ちょうど、一年前くらいの事です。僕は、彼女に出会いました。彼女の第一印象は、決していいとは言えませんでした。けれど、何か特別なものを彼女に感じた事は事実だと思います。僕はちょうど、これからの人生を歩んでいく中で、誰か一人を決めなければいけない時期でした。4人の女性の中から、僕は彼女とこれから一緒に生きて行く事に決めました。それは、結婚相手を決めるようなものです。一見、負の選択のようなその中にも、しばらくの月日のうちに、僕の彼女に対する気持ちは、恋のようなものだとはっきりと感じる事が出来ました。僕は、自分自身が求めている生き方を、彼女の中に見つけ出すことが出来たのです。それは、僕にとっても、彼女にとっても、とてもとても幸せなことだと僕は思っていました。少なくとも、その時、僕はそんな気持ちを感じていたのです。そして、恋は人を盲目にするのです。よくよく考えると、それは不可解な話でもありました。何故なら、僕は、その時まだ、彼女自身とは一度も話をした事すらなかったのですから。
それから、僕は彼女との約束を固いものにしたのち、中近東やアフリカや南米などの国で旅をしていました。そのなかで、多くの人と話すうちに、彼女に対する気持ちを再確認する事も出来ました。
そんな事をしているうちに、月日は流れ、1年が経ちました。そして、ほんの2週間前、この4月の初めの月曜日、来るべくしてその日はやってきました。つまり、約束どおり、僕は彼女に再開をしたのです。実は、再開と言う言葉は適切ではありませんし、実際のところ、その時もまだ僕は彼女自身の姿を見た事は、ありませんでした。でも、それは一種の再開であったことは間違いないでしょう。
ともかく、それから2週間の間、つまり今日まで、僕は彼女の親戚から、彼女の事を色々と聞かされました。親戚、という言葉が適切なのかは分かりませんが、少なくとも、その人達は彼女の身内でした。
彼女の話を聞くうちに、僕は、本当に彼女に憧れ、徐々に徐々に確実に好きになっている自分を確認する事が出来ました。少なくとも、僕は幸せだったと思います。
しかし、盲目の中で始まった盲目の恋の結末は、僕にあまりにも大きな驚きを与え、少なからず僕の幸せな気持ちを全てが虚像であったかのように消し去ってしまったと言う事は、その結果から明らかでした。実は、彼女は、男だったのです。男であったという表現も、適切ではないかもしれません。でも、少なくとも今、僕が彼女だと思っていたその人を、簡単に愛せないことは事実でしょう。恋は、幻のうちに終わりました。
けれども、これは、婚約後の話です。少なくとも、今の僕にその人を拒否する力はありません。僕は婚約をしてしまっていたのですから。何をどうすればいいのか、僕には分かりません。こんな事は今まで無かったからです。けれど間違いなく、その人はそこに存在し、極めて近い位置で僕を待っているのです。僕は、行くしかありません。少なくとも、この先、どう短くても半年か1年はその人と共に暮らさなくてはなりません。僕には、逃げ出す力も、金銭的余裕も無いのです。
不幸中の幸いなのか、いまなお、僕はその人に会ったことがありません。その人に会えるのは、特別な休みである月曜を飛ばした、火曜日。火曜日です。その日に、僕はついにその人に会うことが出来、僕の本当の運命は明らかにされるでしょう。不思議なもので、最悪の状況だと思っていても、まだ何か分からない事があれば、そこに何かしらの期待できる可能性を見出してしまうのが人間です。僕は今、その狭間で揺れています。いまだかつて無い絶望的な気持ちをほのかに感じながら。
別に、誰の事も恨んではいませんし、これが世の中の流れ方なのだと僕は思う事が出来ます。けれど、一年前、必死に彼女を探し出そうとしていたあの時の自分自身が、僕の脳裏にあまりにも不憫に映りもします。そして、あの時の気持ち、あの時の苦労が馬鹿馬鹿しくてたまらなくなります。けれども、あの時の他の選択しに比べると、今なお、僕の立ち位置はそこまで悪くないような気もしています。いくら彼女が男であったとしても、愛せないと決まったわけではないのですから。別に珍しくもなんともない話ですが、やはり特別な気持ちになってしまうのは、それが自分自身の事だからでしょう。別に、どうって事は無いと思います。ただ、これから過ぎていく時間のなかで、自分が何を求めていたのか、これから何を目指していくのか、それだけは忘れないようにしようと思うのです。全てが本当にどうしようもなく、冗談ですまなくなるのは、それを僕が忘れた時であると、僕は思うからです。いいかえると、少なくとも、僕がそれを忘れるまでは、自分は救われると思っていたいのです